フェラーリ Ferrari N.V.・RACE
NYSE IFRS 12月決算
ラグジュアリー・スーパーカー 26年1〜3月期決算まで反映
世界でおそらく唯一「台数を増やさないこと」を経営目標に掲げる自動車メーカー。2025年の出荷台数はわずか13,640台 ——前年(13,752台)より減っている。それでもネット収益は71.46億ユーロ(前年比+7.0%)、営業利益率29.5%・EBITDAマージン38.8%と、量産車メーカーとは一桁違う水準で稼ぐ。カギは1台あたり車両収益が4年で1.37倍 に伸びたパーソナライゼーション(内装・塗装等のオーダーメイド加工)と、2027年末まで埋まっている受注残。時価総額748.7億ドル(約12.25兆円)、PER40.6倍はトヨタ(12.6倍)の3.2倍——市場はフェラーリを自動車株ではなくラグジュアリーブランド株として評価している。
💡 はじめての方へ: ふつうの自動車会社は「もっと売る」ことで成長します。フェラーリはその逆で、創業者エンツォ・フェラーリの「市場が欲しがる数より1台少なく作れ」という考え方を今も守り、あえて台数を増やしません。その代わり、待たされた顧客は「どうせ待つなら」と内装や塗装にお金をかけるようになり、1台あたりの単価が毎年上がっていきます。台数を減らして単価を上げる ——普通の商売の逆をいく仕組みで、自動車業界で最も高い利益率を実現しています。
※2026年第1四半期(1〜3月期)決算=2026年5月5日発表を反映済み 。ただし2026年第2四半期決算は2026年7月30日発表予定でまだ公表されておらず、本ページでは反映していない(推測での記載はしていない)。通期ベースの財務3表・収益性・会計基準ビューはFY2025通期(2025年12月期)の確定実績、株価・同業比較は2026年7月28日終値にもとづく。
① 企業カルテ ② ビジネスモデル図解 ③ 成長の歩み ④ 台数を増やさない経営の解剖 ⑤ 財務3表 ⑥ 収益性 ⑦ 会計基準ビュー ⑧ 同業比較 ⑨ 課題と改善点 ⑩ 投資判断
01 企業カルテ
FY2025通期実績(2025年12月期・2026/2/10発表)と直近の市場評価。財務はユーロ建て(IFRS)、株価・時価総額はNYSE上場のドル建て。
ネット収益 (FY2025)
71.46億ユーロ
+7.0%・約1兆3,318億円換算(186.37円/ユーロ)
営業利益 (EBIT)
21.10億ユーロ
営業利益率 29.5%・+11.8%
純利益 (親会社帰属)
15.97億ユーロ
+4.9%・EPS €8.96
出荷台数
13,640台
前年比▲0.8%(前年13,752台)
1台あたり車両収益
44.0万ユーロ
前年比+5.7%・4年で1.37倍
時価総額
748.7億ドル
約12.25兆円・約657.4億ユーロ・株価$390.14
PER (実績TTM)
40.63倍
予想37.47倍・PBR 16.02倍
ROIC (自社算出・FY2025)
30.7%
推定WACC 7.22%を大きく上回る
○
成長性
FY2025ネット収益+7.0%だが出荷台数は▲0.8%。台数を伸ばさずに増収する という自動車業界では異例の成長パターン
◎
収益性
営業利益率29.5%・EBITDAマージン38.8%。メルセデス・ベンツ(5.97%/10.0%)やポルシェ(1.56%/15.9%)は言うに及ばず、LVMH(21.82%)すら上回る
◎
財務健全性
会社独自指標のネット工業有利子負債 はFY2025末で32百万ユーロとほぼゼロ。ただし連結ベースの負債には、顧客向け金融債権16.1億ユーロの原資となる証券化債務も含まれるため、自己資本比率 は40.7%にとどまる
◎
株主還元
FY2025の配当性向を35%→40%へ引き上げ。2026〜2030年で配当・自社株買い合計約70億ユーロの株主還元目標を公表済み
△
バリュエーション
PER40.6倍・PBR16.0倍はLVMH(21.4倍/3.3倍)やトヨタ(12.6倍/0.95倍)を大幅に上回る高値圏。株価は直近52週で-24.6%調整済み
※5軸評価は本レポート筆者の見解であり、投資勧誘ではありません。円換算は1ユーロ=186.37円・1ドル=163.64円(いずれも2026/7/27付ECB参照レート)。PER・PBR・ROE・時価総額はstockanalysis.com記載の市場データ(2026年7月28日取得)で、株価はNYSE終値ベース。財務数値(収益・営業利益・純利益等)は会社が開示するユーロ建てIFRS決算にもとづく。
💡 読み方: 営業利益率29.5%は「100円売って29.5円が本業のもうけ」という意味で、量産車メーカー(トヨタ7.4%、メルセデス・ベンツ約6.0%)とは別次元の水準です。それでいて出荷台数は前年より減っている——「売れば売るほど儲かる」のではなく「売らないほど儲かる」構造 がここに表れています。
02 ビジネスモデル図解
モノ(緑 )・カネ(黄 )・情報(青 )の流れで見る、フェラーリの稼ぎ方。矢印にカーソルを合わせると実額が出ます。
カネの流れ
モノ・サービスの流れ
情報の流れ
起点 1947年、エンツォ・フェラーリが自らの名を冠した「フェラーリ125 S」を製造。1969年にフィアットが資本参加し、2015年にフィアット・クライスラーから分離して単独でニューヨーク証券取引所に上場
定説 自動車メーカーは生産台数を増やし、規模の経済で利益を積み上げるもの
逆説 フェラーリは意図的に「市場が欲しがる数より1台少なく作る」(エンツォ・フェラーリの言葉、2025年10月の投資家向け説明会で経営陣が改めて明言)ことを方針とする。2025年の出荷台数13,640台は前年より112台少なく、2026年第1四半期も前年同期比157台減。それでも受注残 は2027年末まで埋まっており、待たされる顧客ほど内装・塗装等のパーソナライゼーション にお金をかける。台数を絞ることが、単価を上げる装置として機能している——希少性そのものが利益の源泉
フェラーリの収益は3本柱で構成される。Cars and spare parts収益 60.05億ユーロ(車両出荷代金・パーソナライゼーション代・スペアパーツ販売。ネット収益の84.0%)、Sponsorship, commercial and brand収益 8.20億ユーロ(F1参戦を通じたスポンサー料・F1コマーシャル収入と、ライフスタイル事業のロイヤリティ・物販収入を合算した区分。会社は内訳を開示していない。11.5%・前年比+22.4%)、Other収益 3.21億ユーロ(顧客・ディーラー向け金融サービス収益、他F1チームへのエンジン貸与料、ムジェロサーキット運営等。4.5%)。単一の報告セグメントとして開示されており、事業別の利益率は非開示。
💡 やさしく: フェラーリを買う人の9割以上は、ディーラーで完成車をそのまま買うのではなく「このシートの色は」「カーボンパーツを足したい」と、1台ごとに仕様を決めていきます。この追加代金(パーソナライゼーション)がCars and spare parts収益に上乗せされ、車両の平均単価を毎年押し上げています。F1で見た「フェラーリ」というブランドへの憧れが、注文の待ち時間を苦にしない顧客を生み、その顧客がオプションにお金を使う ——レース・車両・ライフスタイルの3事業がぐるぐると回って一つのブランド価値を作っている構造です。
03 成長の歩み — 台数はほぼ据え置き、利益率だけが右肩上がり
FY2021〜FY2025の5期間、ネット収益は年平均13.7%で伸びたが、出荷台数の伸びは年を追うごとに小さくなり、FY2025はついにマイナスに転じた。
ネット収益の推移(FY2021〜FY2025) 単位:億ユーロ ■濃い棒=直近期。12月決算
営業利益率の推移 FY2021の25.2%からFY2025の29.5%へ、5期連続で改善
同じ4年間でCars and spare parts収益は3,573百万ユーロから6,005百万ユーロへ1.68倍になったが、出荷台数は11,155台から13,640台へ1.22倍にとどまる。収益の伸びの大部分は「もっと売る」ではなく「もっと高く売る」で作られている 。
純利益の推移 単位:億ユーロ
FY2021の8.33億ユーロからFY2025の16.00億ユーロへ4年で1.92倍。年平均成長率は約17.7%で、ネット収益の年平均成長率13.7%を上回る——増収以上に増益するという理想的な成長 を続けている。
04 台数を増やさない経営の解剖 — 出荷は減っているのに、なぜ増収なのか
2025年の出荷台数13,640台は前年比▲0.8%。2026年第1四半期も前年同期比▲4.4%(3,436台)。それでもCars and spare parts収益は伸び続けている——その正体は「もっと高く売る」構造 を、実数で分解する。
2026年第1四半期(1〜3月期)はネット収益18.48億ユーロ(前年同期比+3.2%)・純利益4.13億ユーロ・EPS €2.33と、この傾向を裏付ける結果だった。同四半期の自社株買いは2.26億ユーロ。直近12か月(TTM、2026年3月末まで)のEPSは€8.99で、FY2025通期の€8.96からさらに伸びている。
出荷台数 の推移 — 2024年をピークに減少へ転じた単位:台。FY2021〜FY2025
FY2022の前年比+18.5%を最後に、出荷台数の伸び率は年々小さくなり、FY2024は+0.6%、FY2025はついに▲0.8%とマイナスに転じた。会社は「新モデルへの切り替えを円滑にするため意図的に抑えた」(2025年通期決算資料)と説明しており、需要不足による減少ではない。2026年第1四半期も前年同期比157台減の3,436台で、この傾向は続いている。
Cars and spare parts収益の「1台あたり」換算 — 4年で1.37倍 単位:千ユーロ/台。Cars and spare parts収益÷出荷台数(筆者算出)
FY2021の32.0万ユーロから、FY2025には44.0万ユーロへ。この「1台あたり収益」には車両本体価格に加え、内装・塗装・カーボン部品等のパーソナライゼーション 代金とスペアパーツ販売が含まれ、会社は金額の内訳を開示していないが、台数がほぼ横ばいの局面でこの数字が伸び続けているのは、価格改定とオプション需要の強さ以外に説明がつかない 。
出荷台数の伸び率 vs 1台あたり収益の伸び率(FY2022〜FY2025) 単位:%。台数の伸びが鈍化するほど、単価の伸びが収益成長の主役になる
出荷台数 前年比 1台あたり収益 前年比
FY2022は出荷台数+18.5%・1台あたり収益+2.5%と、台数の伸びが主役だった。ところがFY2023以降は完全に逆転し、FY2025は出荷台数▲0.8%に対し1台あたり収益は+5.7%——フェラーリの増収は、もはや「もっと作る」ではなく「もっと高く売る」でほぼ全てが説明できる 局面に入っている。エンツォ・フェラーリが遺した「市場が欲しがる数より1台少なく作る」という方針が、2025年時点でも文字通り実行されている。
💡 やさしく: 普通の商品は、たくさん作ると1個あたりのコストが下がって儲かります(規模の経済)。フェラーリはその逆で、あえて数を絞ることで「欲しい人が多いのに買えない」状態を作り 、待たされた顧客がオプションにお金を使うようになる仕組みです。受注残は2027年末まで埋まっており、「値上げしても売れなくなる」心配をしなくていい という、他の自動車メーカーにはない強みがここにあります。ただしこれは「無限に値上げできる」という意味ではなく、いずれ限界が来る成長パターンでもあります。
05 財務3表ビジュアル
利益率29.5%のP/L、顧客向け金融債権が資産の1/6を占めるB/S、そして「ネット工業有利子負債」という会社独自KPIで管理されるC/F——少量生産のラグジュアリーブランドならではの財務的特徴が3枚に表れる。
PL滝グラフ — ネット収益71.46億ユーロはどこへ消えるか(FY2025) 単位:億ユーロ
減価償却前の営業利益にあたるEBITDA は27.72億ユーロ(マージン38.8%)。営業利益21.10億ユーロとの差である6.62億ユーロが、工場・設備の減価償却費等にあたる。
💡 やさしく: 71.46億ユーロ(約1兆3,318億円)の収益に対し、材料費・製造費(売上原価)が34.53億ユーロと最大の費目です。研究開発費9.19億ユーロには、新型車の開発費用に加えてF1などのレーシング活動費用も含まれます。それでも最終的に16.00億ユーロ、収益の22.4%が純利益として残る ——量産車メーカーでは考えられない水準です。
BS比例図 — 総資産96.28億ユーロの中身(FY2025末) 箱の高さ=金額。自己資本比率 40.7%
総資産の16.8%(16.13億ユーロ)が「顧客向け金融債権(Receivables from financing activities)」——フェラーリが顧客・ディーラー向けに提供する自動車ローンの残高で、IFRSの規定(IAS1第60項の例外規定)により満期にかかわらず全額が流動資産に分類されている。製造業でありながら、資産の1/6が金融事業由来という点はフェラーリのB/Sを読む上での最大の注意点 。のれん7.85億ユーロ・無形資産16.38億ユーロ(開発費の資産化分を含む)を合わせても総資産の25.2%にとどまり、Visaのような無形資産偏重型とは対照的。有利子負債は28.84億ユーロ。
ネット工業有利子負債のブリッジ(FY2025) 単位:百万ユーロ。会社独自KPI「Net Industrial (Debt)/Cash」の推移
2024年末の純有利子負債180百万ユーロが、インダストリアルFCF 1,538百万ユーロの創出、配当537百万ユーロ・自社株買い785百万ユーロの株主還元、為替等その他調整68百万ユーロを経て、2025年末には純有利子負債わずか32百万ユーロへ縮小した。稼いだ額のほとんどを株主に還元してなお、実質無借金経営に近い状態を維持している 。2026年第1四半期にはついに純現金388百万ユーロへ転換した(自社株買い226百万ユーロを実施してなお)。
06 収益性 — ROE 43%をデュポン分解 する
フェラーリの高ROEは、借金の力(レバレッジ)ではなく、圧倒的な利益率でほぼ作られている。
ROE (FY2025・自社算出・平均残高ベース)
43.0%
=
22.4%
売上高純利益率
LVMH13.7%・メルセデス3.9%を大きく上回る
× 0.747回
総資産回転率
工場・在庫を持つため、Visaより遅い
本サイト掲載企業と並べると構造の違いがはっきりする。Visa (ROE52.1%=純利益率50.1%×0.412回×2.52倍)は総資産回転率0.4回台という極端な低回転を、桁違いの利益率で補う「無形資産・アセットライト型」。トヨタ (ROE10.1%)は厚利ではあるがフェラーリよりはるかに低い利益率と高い回転率の「量産型」。フェラーリは純利益率22.4%という高収益と、財務レバレッジ2.57倍というVisaに近い倍率を併せ持つ という点で独自の立ち位置にある——工場も在庫も持つ「実物ビジネス」でありながら、利益率だけはラグジュアリーブランドの水準というハイブリッドな構造。
ROIC vs WACC — 資本コストを上回っているか単位:%。ROICはFY2025末データを用いた筆者試算、WACCはstockanalysis.com記載の市場データ
ROIC=NOPAT(営業利益21.10億ユーロ×(1−実効税率22.5%)=16.35億ユーロ)÷投下資本(株主資本39.15億ユーロ+有利子負債28.84億ユーロ−現金14.68億ユーロ=53.31億ユーロ)=30.7% 。市場データのWACC7.22%を23ポイント上回る。Visa(ROIC46.2%)ほどではないが、トヨタや一般的な自動車メーカー(WACC近辺かそれ以下のROICにとどまることが多い)とは一線を画す水準。
💡 やさしく: ROIC30.7%は「商売に使うお金1に対して毎年0.31稼ぐ」ということ。工場や在庫を実際に持つ自動車メーカーとしては極めて高い数字で、ポルシェ(ROIC1.37%)やメルセデス・ベンツ(3.69%)とは比較になりません。「少なく作って高く売る」戦略が、資本効率の面でも報われている ことを示しています。
07 会計基準ビュー — IFRS / JGAAP / US-GAAP
フェラーリはIFRS 採用。開発費の資産化と、のれんの非償却という2つの会計処理が、他基準で見たときの利益率を動かす。
会計基準の違いでEBITマージンはどう変わるか(FY2025・筆者試算) 単位:%。IFRS実績29.5%を基準に、他基準を適用した場合の影響を試算
詳しく見る:会計基準の技術的差異(IFRS/JGAAP/US-GAAP)
IFRS(採用中) JGAAPならこう見える US-GAAPならこう見える
新型車の開発費のうち技術的実現可能性が確認された後の費用(IAS38の要件を満たすもの)は無形資産として資産化 し、複数年で償却する。FY2025は421百万ユーロを資産化し、過去に資産化した開発費の償却326百万ユーロをP/Lに計上——差額95百万ユーロぶん、当期の費用計上が軽くなっている
のれん 7.85億ユーロは非償却・減損テストのみ。無形資産16.38億ユーロの一部(資産化した開発費)も複数年償却のため、即時費用化の基準と比べて当期利益が高めに出る
顧客向け金融債権16.13億ユーロは、IAS1第60項の「営業循環基準」の例外規定により、契約上の満期にかかわらず全額が流動資産に分類 される。実態は数年契約の自動車ローンも多く、流動資産という表示だけで安全性を判断すると誤解を招く
単一の報告セグメントとして開示(IFRS8)——「車両」「レーシング」「ライフスタイル」の事業別利益率は非開示
JGAAPならのれん7.85億ユーロは20年以内の規則償却が必要。均等償却すると年3,930万ユーロの追加費用が発生し、営業利益は21.10億ユーロ→20.70億ユーロ、営業利益率は29.5%→29.0%に低下する
日本基準の研究開発費は原則すべて発生時に費用処理する実務が一般的(IFRSのような開発費の資産化を行わない)。フェラーリの資産化分421百万ユーロをすべて費用化すると、営業利益はさらに95百万ユーロ減少し、のれん償却と合わせて営業利益率は29.5%→27.7%まで下がって見える
「経常利益」に相当する段階がIFRSにはなく、日本株と比較する際は営業利益か税引前利益で揃える必要がある
US-GAAP(ASC730)は研究開発費を原則即時費用化 する(一部のソフトウェア開発費を除く)。フェラーリの開発費資産化421百万ユーロ相当を全額費用化したと仮定すると、営業利益は21.10億ユーロ→20.15億ユーロ、営業利益率は29.5%→28.2%に低下する——フェラーリ固有の「開発費を資産に計上できるかどうか」という一点だけで、営業利益率が1.3ポイント動く
のれんはUS-GAAPもIFRSと同様に非償却・減損テストのみで、この点はIFRSとの差異がない
顧客向け金融債権の流動・非流動区分は、US-GAAP(ASC210)では契約上の満期でより厳格に判定される運用が一般的で、フェラーリがIFRSで採用する「営業循環基準による全額流動資産扱い」とはBS上の見え方が変わりうる
💡 やさしく: フェラーリは新型車の開発費の一部を「資産」として計上し、数年かけて少しずつ費用にしています。もし日本や米国の会社のように全額をその場で費用にするルールを当てはめると、FY2025の営業利益率は29.5%から28%前後まで下がって見えます。同じ実態でも、開発費を「資産」と見るか「費用」と見るかで、利益率の印象が変わる ——決算書の数字は、会計ルールという「ものさし」ありきで作られていることがわかる一例です。
08 同業比較 — 「自動車メーカー」と「ラグジュアリーブランド」の評価格差
同じ少量生産スーパーカーのポルシェ・アストンマーティン、量産高級車のメルセデス・ベンツ、そしてラグジュアリー業界の巨人LVMHと比較する(2026/7/28時点)。
営業利益率・純利益率の比較 単位:%。直近12か月(TTM)実績
フェラーリの営業利益率29.3%・純利益率22.2%は、量産高級車のメルセデス・ベンツ(5.97%/3.88%)は言うに及ばず、ラグジュアリー業界の巨人LVMH(21.82%/13.66%)すら上回る 。ポルシェAGは直近12か月の営業利益率が1.56%・純利益率0.87%まで落ち込んでおり(EV戦略の見直し・中国不振・関税負担)、アストンマーティンは営業利益率▲10.2%・純利益率▲36.8%と赤字が続く。同じ「少量生産スーパーカー」でも、フェラーリだけが極端に高い収益性を維持している 。
💡 やさしく: ポルシェもアストンマーティンも、フェラーリと同じように少量生産の高級スポーツカーを作っていますが、利益率はまったく違います。ポルシェは電気自動車戦略の見直しコストがかさみ、アストンマーティンはそもそも黒字化できていません。「高級車を作れば儲かる」わけではなく、「フェラーリだから」利益が出ている ——ブランド力と受注残の長さが、この差を生んでいます。
バリュエーション・資本効率の比較 単位:倍・%。2026/7/28時点、stockanalysis.com記載の市場データ
注意して読むべきはポルシェのPER130.57倍 。これは実力の高さではなく、直近利益がほぼゼロ近辺まで落ち込んだ結果、分母が極端に小さくなっているだけで、予想PER21.51倍と併記しないとミスリードになる。アストンマーティンは直近12か月が赤字のためPER・ROEとも算出不能。フェラーリのPER40.63倍・PBR16.02倍は、ラグジュアリー業界の代表格であるLVMH(PER21.44倍・PBR3.33倍)と比べても2倍前後の高いバリュエーション で、市場はフェラーリを自動車株ではなくラグジュアリーブランド株として、しかもLVMHより高く評価している。参考までにトヨタ(本サイト7203掲載)の予想PERは12.6倍、ROEは10.1%——フェラーリのPER40.63倍はトヨタの約3.2倍 にあたる。
時価総額の比較 単位:億ユーロ換算。2026/7/28時点
LVMH(2,319.0億ユーロ)を筆頭に、フェラーリ(657.4億ユーロ)・メルセデス・ベンツ(432.7億ユーロ)・ポルシェ(408.7億ユーロ)が続き、アストンマーティン(4.3億ユーロ)は桁違いに小さい。フェラーリの売上高はメルセデス・ベンツの18分の1しかないが、時価総額はメルセデス・ベンツの約1.5倍 ——市場が「稼ぐ力」ではなく「稀少性とブランド」に高い値段をつけていることの表れ。
09 戦略・課題と改善ポイント
ビジネスモデルは盤石だが、「台数を絞ることで単価を上げる」戦略には数学的な限界がある。課題はその限界と、初の量産EV「フェラーリ・エレットリカ」の受容という2つの外部・内部要因に集約される。
強み Strengths
受注残は2027年末まで埋まり、営業利益率29.5%・EBITDAマージン38.8%は本サイト掲載の自動車メーカーで最高水準
ネット工業有利子負債はFY2025末でわずか32百万ユーロ、2026年第1四半期には純現金388百万ユーロへ転換
アクティブ顧客数9万人(2022年比+20%)、100%の顧客が何らかのパーソナライゼーションを施すという圧倒的なロイヤルティ
F1参戦(スクーデリア・フェラーリ、コンストラクターズ選手権16回優勝)を核としたブランド価値が、車両・ライフスタイル双方の収益を下支え
弱み Weaknesses
出荷台数はFY2024(13,752台)をピークに、FY2025は▲0.8%の減少に転じた。2030年目標の売上高年平均成長率は約5%にとどまり、PER40倍という株価が織り込む成長期待に対して、会社自身の成長目標はむしろ控えめ
Sponsorship, commercial and brand収益(8.20億ユーロ)はF1関連とライフスタイル(ライセンス・直営店)が合算開示で、どちらが伸びているか外部からは分からない
総資産の16.8%が顧客向け金融債権で、自動車ローン事業のクレジットリスクを抱える
単一報告セグメントのため、車両・レーシング・ライフスタイルの事業別収益性が非開示
機会 Opportunities
2030年戦略計画:売上高約90億ユーロ(年平均+5%)・EBIT27.5億ユーロ以上(マージン30%以上)・EBITDA36億ユーロ以上(マージン40%以上)を目標に掲げる
2026〜2030年で累計インダストリアルFCF約80億ユーロを見込み、配当性向を35%→40%へ引き上げ、新規自社株買い35億ユーロを含む株主還元約70億ユーロを計画
東京・ロサンゼルスに新設予定のテーラーメイドセンター(2027年)、新塗装工場(2027年)で、パーソナライゼーションの内製化・拡大余地
ライフスタイル事業はロンドン・ニューヨークの新規旗艦店開業を控え、収益貢献が拡大中(Sponsorship, commercial and brand区分で前年比+22.4%)
脅威 Threats
初の量産EV「フェラーリ・エレットリカ」が2026年後半に納車開始予定。伝統的な内燃機関・F1の音とパワーに惹かれてきたコレクター層への受容は未知数
米国の輸入関税がFY2026第1四半期のEBIT押し下げ要因として会社決算資料で言及されている
会社が掲げる2030年のスポーツカー・モデルラインアップ構成目標はICE約40%・ハイブリッド約40%・EV約20%(販売台数構成ではなく提供モデル数の構成)——EUの排出規制強化次第で、この構成比の実現可能性が左右される
「台数を絞って単価を上げる」戦略は、富裕層の可処分所得・資産価格が大きく下落する局面(金融危機的な逆風)では、ブランドロイヤルティだけでは支えきれない可能性がある
改善ポイント(優先度つき)
最優先 フェラーリ・エレットリカの受容確認 2026年後半に納車開始予定の初の量産EV。伝統的な顧客層が受け入れるか、2030年のEV比率目標20%の実現可能性を左右する試金石になる。
最優先 「単価成長の持続性」の見極め FY2025の1台あたり収益成長率は+5.7%と、FY2023の+14.1%・FY2024の+11.2%から明確に鈍化している。台数を増やせない以上、この鈍化トレンドが続けば増収ペースそのものが落ちる。
中期 Sponsorship, commercial and brand区分の内訳開示 F1関連収入とライフスタイル収入が合算開示のため、どちらが成長ドライバーかを外部から判別できない。開示粒度が上がれば、投資家はレーシングとライフスタイルそれぞれの持続性を評価しやすくなる。
中期 バリュエーションの持続性 PER40.6倍・PBR16.0倍はLVMHすら上回る。2030年目標(年平均+5%の売上成長)に対して現在の株価が織り込む期待値が高すぎないか、決算ごとの検証が必要。
10 投資メリット・デメリット
「台数を絞って単価を上げる」という戦略の強さは、直近5年間の実績が証明している。論点は、この成長パターンがPER40.6倍という株価にどこまで先取りされているか。
▲ 強気材料(メリット)
営業利益率29.5%・EBITDAマージン38.8%・ROIC30.7%は、ポルシェ・アストンマーティン・メルセデス・ベンツを大きく上回り、LVMHすら超える収益性
受注残は2027年末まで埋まっており、需要が価格決定力を裏付けている。景気後退局面でも値引き販売に頼る必要が薄い
ネット工業有利子負債は実質ゼロ〜純現金。2026〜2030年で約70億ユーロの株主還元を計画(配当性向40%へ引き上げ済み)
2030年目標(EBIT margin30%以上・EBITDA margin40%以上)が達成されれば、現在の水準からさらなる収益性改善余地がある
F1・ライフスタイル事業がCars and spare parts以上の伸び率(+22.4%)で成長し、車両単体への依存度が徐々に下がっている
▼ 弱気材料(デメリット)
PER40.6倍・PBR16.0倍はLVMH(21.4倍/3.3倍)やトヨタ(12.6倍/0.95倍)を大幅に上回る高値圏。株価は直近52週で-24.6%調整済みだが、なお割高感が残る
会社自身の2030年目標は売上高年平均+5%成長にとどまり、PER40倍という株価が前提とする成長期待とのギャップが大きい
1台あたり収益の伸び率はFY2023の+14.1%からFY2025の+5.7%へ鈍化傾向。台数を増やせない以上、単価成長の減速がそのまま増収率の減速に直結する
初の量産EV「フェラーリ・エレットリカ」(2026年後半納車開始)の受容は未知数。伝統的な内燃機関・F1文化への訴求力とのバランスが問われる
米国の輸入関税、EU排出規制、為替(ユーロ高・円高)などマクロ要因への感応度は他のラグジュアリーブランド同様に残る
3つのシナリオ(筆者試算)
強気シナリオ 台数を増やさない値上げとパーソナライゼーションが会社ガイダンスを上回り、EPSが€10.20(+8%上振れ、筆者試算)へ。ラグジュアリー株としての再評価でPERがLVMHの予想PER19.5倍を上回る45倍に切り上がる。EPS $11.62(€10.20×1.1389)×PER45倍=$523 (現在比+34%)
中立シナリオ 会社発表のFY2026ガイダンス(調整後希薄化EPS9.45ユーロ以上)どおり進捗。EPS $10.76(€9.45×1.1389)×PER37.5倍(現在の予想PER37.47倍に整合)=$403.5 (現在比+3%)
弱気シナリオ 為替・関税・高級車需要の減速でEPSが会社ガイダンス比7%未達の€8.80(筆者試算)へ。ラグジュアリー株全般の調整でPERがLVMHの実績PER21.4倍まで切り下がる。EPS $10.02(€8.80×1.1389)×PER21倍=$210 (現在比-46%)
※起点となるFY2026の調整後希薄化EPSガイダンス(9.45ユーロ以上)は会社発表(2026/2/10)にもとづく。ドル換算は1ユーロ=1.1389ドル(2026/7/27)。強気・弱気シナリオのEPS・PER倍率は筆者独自の仮定であり、会社予想でも市場コンセンサスでもない。なお会社は2030年の目標として希薄化後EPS11.50ユーロ以上を掲げているが、本シナリオはこれより近い時間軸(FY2026)を対象としており、2030年目標とは区別している。
💡 はじめての方への総括: 見るべきは3つ。①1台あたり収益の伸び率 (FY2023の+14.1%からFY2025は+5.7%へ鈍化。この鈍化がさらに進むか、下げ止まるか)、②フェラーリ・エレットリカの受容 (2026年後半に納車開始する初の量産EVが、伝統的な顧客層に受け入れられるか)、③受注残の長さ (2027年末までという現在の水準を維持できるか、それとも短くなっていくか)。フェラーリの「台数を絞って単価を上げる」という仕組み自体は、直近5年の実績が証明した強い戦略ですが、PER40.6倍という株価は、この戦略がこの先も同じペースで続くことを前提にしている 点が、この銘柄の最大の論点です。
データ出典
免責事項: 本ページは公開情報に基づく分析・情報提供を目的としたものであり、特定の金融商品の売買を勧誘・助言するものではありません。数値の一部(デュポン分解、ROIC、WACC、台あたり収益、会計基準の試算、シナリオ試算等)は概算・筆者試算を含みます。投資に関する最終決定はご自身の判断でお願いします。データ基準日:財務=FY2025通期(2025年12月期)および2026年第1四半期(2026年3月末・2026年5月5日発表)、株価・同業比較=2026年7月28日終値。2026年第2四半期決算(2026年7月30日発表予定)は本ページ作成時点で未発表のため反映していません。 CompanyPocket(β) — 2026年7月29日作成。