自社工場を持たない「デザイン×ブランド」経営の元祖。2020年代前半にDTC(直販)を大きく伸ばしたが、その反動で2024〜2026年にかけて営業利益率が14.3%→8.2%まで腰折れし、いまは自ら卸売への回帰を掲げて立て直し中。FY2026 Q4は関税還付という一時的な追い風で純利益が急増した。
FY2026通期実績(2026年5月期・2026-06-30発表)と直近の市場評価(2026-09-10時点)。
※5軸評価は本レポート筆者の見解であり、投資勧誘ではありません。時価総額・株価は2026-09-10時点(stockanalysis.com)。
モノ(緑)・カネ(黄)・情報(青)の流れで見る、NIKEの稼ぎ方。
NIKEは製品を自社工場では作らず、ベトナム・インドネシア等の委託工場(サプライヤー)に生産を任せるファブレス型。自社に残すのはデザイン・研究開発・マーケティング・ブランド管理と、卸売先やNIKE Direct(自社店舗・デジタル)への出荷だけ。売上の入口は「卸売(他社の店で売ってもらう)」と「NIKE Direct(自分の店・アプリで売る)」の二本立てで、この配分バランスが近年の最大の経営論点になっている。
コロナ後の需要拡大でFY2023-24に514億ドル規模まで伸びたが、その後2年は横ばい〜微減。利益率の低下がより深刻。
FY2024の514億ドル(過去最高水準)を境に、FY2025は▲9.8%の減収。FY2026はほぼ横ばいで下げ止まったが、利益率はなお8%台にとどまる。
NIKEの主戦略「DTC(直販)シフト」がどう裏目に出て、どう立て直しつつあるか。そして最高裁判決が生んだ一時的な利益の水膨れを分解する。
NIKE Directは FY2022の187.3億ドル→FY2024に215.2億ドル(ピーク)まで急拡大したが、FY2025は前年比▲12.7%、FY2026も▲5.7%と2年連続減収。逆に卸売はFY2025の258.8億ドルを底に、FY2026は+6.1%の274.5億ドルまで回復——NIKEが「卸売との関係修復」に舵を切った結果が数字に表れている。
2026年2月20日、米連邦最高裁がIEEPA(国際緊急経済権限法)に基づく対中等関税を違法無効と判断。NIKEは支払済み関税の還付回収を「確度が高い」と判断し、Q4の売上原価に9.86億ドルの還付ベネフィットを計上した(粗利率+900bps相当、EPS押し上げ効果+$0.52)。ただし10-Kには「還付ベネフィットはFY2026中に計上した関税負担のコストとほぼ相殺関係にある」と明記されており、通期で見ればネットの追い風効果は限定的——Q4だけを見て「業績が急回復した」と読むのは早計。
地域別ではグレーターチャイナの落ち込みが際立ち、北米だけが増収増益。製品別ではフットウェアが依然として稼ぎ頭。
北米205.1億ドル(+4.8%)・EMEA125.7億ドル(+2.6%)・グレーターチャイナ58.5億ドル(▲11.2%)・APLA62.4億ドル(▲0.1%)。フットウェア295.2億ドル・アパレル134.5億ドルの製品構成比は下のチャート参照。
北米EBITは53.8億ドルで前年比+13.5%と、全地域の中で唯一の明確な増益。グレーターチャイナはEBIT▲20.2%・売上▲11.2%と最大の弱点になっている。
売上はほぼ横ばいでも、営業キャッシュフローは3年で74億ドル→29億ドルへ急減——利益の質の劣化がCFに表れている。
現金及び短期投資は合計90億ドル超と厚め。自己資本比率38.7%は前年(36.1%)から改善しており、財務基盤自体は健全。
営業CFはFY2024の74億ドルから、FY2025は37億ドル、FY2026は29億ドルへと2年連続で急減。純利益の減少に加え、売掛金(IEEPA関税還付の未収分を含む)の増加が現金化を遅らせている。FCF(営業CF−設備投資)は22億ドルで、自社株買い1.2億ドル+配当24.1億ドルの原資としてはギリギリの水準。
ROE22.1%をデュポン分解で分解し、本業の実力をROICで確認する。
平均残高ベースの筆者算出(純利益31.08億ドル÷平均株主資本140.4億ドル)。Apple(ROE171%・自社株買いでの資本圧縮が主因)とは対照的に、NIKEのROE22%はレバレッジに頼らない「実力に近い」数字——だからこそ純利益率の低下がそのままROE低下に直結する。
ROIC=NOPAT(Total NIKE,Inc. EBIT 38.5億ドル×(1−実効税率20.3%)=30.68億ドル)÷投下資本(有利子負債79.4億ドル+株主資本148.7億ドル−現金及び短期投資90.3億ドル=137.8億ドル)=22.3%。推定WACC(8%前後)は上回っているが、かつてのNIKE(ROIC30%超が目安とされた時期)と比べると水準は切り下がっている。
NIKEはUS-GAAP採用。日本の投資家が米国株の決算書を読むときの「翻訳のコツ」をNIKEで学ぶ。
Lululemon・adidas・Under Armourと比較(2026-09-10時点、stockanalysis.com)。
時価総額はNIKE(551億ドル)が突出して大きいが、PER18.1倍はadidas(19.0倍)とほぼ同水準で、むしろLululemon(8.5倍・成長鈍化を織り込んだ低評価)より高い。Under Armourは直近赤字でPER算出不能(予想PER66.6倍)——スポーツアパレル業界全体が「かつての高成長」から「収益性重視」の局面に移っていることが読み取れる。adidasはOTC ADRのため時価総額・株価はUSD建て、財務諸表はEUR建てである点に留意。
ブランド力は健在。課題はDTC偏重の後始末と、グレーターチャイナの立て直し。
8.2%への低下が「一過性の在庫処分」なのか「構造的な競争力低下」なのかが最大の論点。FY2027 Q1以降、関税還付を除いた実力ベースの利益率推移を見極める必要がある。
売上・EBITともに2桁減という最大の弱点。現地ブランド(Anta・Li-Ning等)との競争激化にどう対応するかが問われる。
DTC偏重の反省を踏まえ、卸売回帰に舵を切ったが、行き過ぎればDTCの高収益性という強みを失う。バランス感覚が問われる。
売上▲31%は看過できない水準。ブランド価値をどう再定義するか、あるいは経営資源配分の見直しが必要。
「ブランド力と財務基盤は健在、収益力は再建途上」——Q4の急回復が本物かどうかを、次の決算で見極める局面。