本田技研工業(ホンダ) 7267
東証プライム(NYSE ADRあり)IFRS(2015年〜、国内自動車メーカー最速の任意適用)3月決算
輸送用機器(二輪・四輪・金融)データ基準日 2026/7/20
二輪車販売台数世界No.1、四輪・パワープロダクツ・金融サービスを含む4事業を展開する総合輸送機器メーカー。26/3期はEV戦略の急転換に伴う一過性損失1.58兆円が響き、上場来初の最終赤字(△4,239億円)に転落した。
💡 はじめての方へ:「スーパーカブ」で知られる世界最大の二輪車メーカーであり、同時に四輪車・発電機や耕うん機などのパワープロダクツ・自動車ローンの金融事業まで手がける会社です。今期は北米向けに開発していたEV3車種の中止を決め、その減損などで会社設立以来初めての最終赤字になりました。ただし損失の中身の多くは「帳簿上の一過性損失」で、実際の現金はむしろ増えています。逆に二輪事業は過去最高益をあげており、明暗が分かれた1年でした。
01企業カルテ
2026年3月期実績(2026/5/14開示)と現在の市場評価。
売上収益(26/3期)
21.80兆円
+0.5%・過去最高を更新
営業利益
▲4,143億円
上場来初の営業赤字(利益率△1.9%)
純利益(親会社帰属)
▲4,239億円
上場来初の最終赤字(EPS△106.06円)
EV関連損失(減損等)
1.58兆円
除く調整後営業利益は1.04兆円(黒字)
二輪事業 営業利益
7,319億円
過去最高益・グループ販売22.1百万台
時価総額
5.98兆円
株価1,558.5円(26/7/20)
PER(27/3期会社予想)
23.3倍
PBR 0.51倍・利回り4.56%
△
成長性
売上収益は過去最高だが+0.5%と横ばい圏。台数は二輪好調・四輪不振で明暗
✕
収益性
EV関連損失で上場来初の営業赤字。ただし除くベースの調整後利益率は4.8%
○
財務健全性
自己資本比率35.3%へ低下も、現金5.12兆円で赤字の年でも増配を実施
○
株主還元
純利益赤字の年でも増配(68→70円)。DOE目標3.0%を新設
◎
バリュエーション
PBR0.51倍は歴史的な低評価水準。悪材料をかなり織り込んだ株価
※5軸評価は本レポート筆者の見解であり、投資勧誘ではありません。
💡 読み方:「最終赤字」という見出しだけを見ると危機的に見えますが、赤字の主因はEVの減損という帳簿上の一過性損失で、現金は前期より増えています。二輪事業は過去最高益。全体を一括りに「赤字企業」と見るか、「四輪だけが一時的に躓いた会社」と見るかで評価が大きく変わる決算です。
02ビジネスモデル図解
モノ(緑)・カネ(黄)・情報(青)の流れで見る、ホンダの稼ぎ方。
カネの流れ
モノ・サービスの流れ
情報の流れ
起点本田宗一郎が1946年に浜松で創業。戦後の小型エンジン量産技術から出発し、世界的ヒット作「スーパーカブ」(累計1億台超)で二輪車世界首位に
定説自動車メーカーの実力は四輪事業の規模と収益力で測られる
逆説26/3期はその四輪事業がEV戦略の急転換で1.58兆円の一過性損失を計上し上場来初の最終赤字に沈む一方、地味な印象の二輪事業が過去最高益(7,319億円)を叩き出し全社を下支え——「稼ぎ頭は四輪でなく二輪」という逆転構造が可視化された
二輪・四輪・パワープロダクツという「動くもの」を作る3事業に加え、それを買うお金を貸す金融サービス事業までを自前で持つ点はトヨタと同型の垂直統合モデル。ただし四輪偏重のトヨタと異なり、二輪事業が利益の安定装置として機能している点が構造的な強み。世界で二輪が売れるほど、四輪の変動に左右されにくい収益基盤ができる。
💡 やさしく:ホンダは「バイクの会社」でもあり「車の会社」でもあり「発電機の会社」でもあり「ローン会社」でもあります。4つの事業を持っているので、1つ(今回は四輪)がつまずいても、他(今回は二輪)が支えてくれる仕組みです。
03成長の歩み — 売上は過去最高でも、利益は乱高下
売上収益は5年で1.5倍に拡大し過去最高を更新し続けている一方、営業利益は26/3期に単年で赤字転落するなど振れ幅が大きい。
売上収益の推移(22/3期〜26/3期)
単位:兆円 ■濃い棒=直近期
営業利益の推移(22/3期〜27/3期予)
単位:億円。26/3期はEV関連損失で単年赤字
営業利益率の推移
24/3期6.8%から26/3期△1.9%へ急落、27/3期は黒字回帰を計画
27/3期会社予想:売上収益23.15兆円(+6.2%)、営業利益5,000億円(黒字回帰)、純利益2,600億円。EV関連損失という一過性要因の解消を前提とした計画。
04今期の焦点 — 赤字なのに現金は増えている理由
最終赤字4,239億円は事実だが、同じ期に現金は4.53兆円→5.12兆円へ5,897億円増加した。この矛盾を分解する。
EV関連損失の内訳(26/3期・億円)
合計1兆5,778億円のうち大半は非現金の減損・引当金
💡 やさしく:「損失1.58兆円」の正体は、北米向けに開発していたEV3車種の発売中止に伴う資産の評価減(減損)や補償引当金です。工場や設備は帳簿上の価値を切り下げただけで、その分の現金が実際に出ていったわけではありません。だから利益は赤字でも、現金は減らずむしろ増えるという現象が起きます。
純利益とキャッシュフローの乖離(26/3期・億円)
純利益△4,239億円でも、営業CFは+1兆1,353億円のプラス
簡易FCF(営業CF+投資CF・筆者算定)は+2,831億円のプラス。EV関連損失の大半が非現金の会計処理であるため、利益とキャッシュの方向が逆になった。
四輪事業:EV関連損失を除くと実は黒字
単位:億円
四輪事業の営業損益は△1兆4,111億円だが、EV関連損失1兆4,536億円を除いた調整後では425億円の黒字。関税影響(△332億円)や為替(△42億円)を吸収しつつ、価格改定・コスト削減で薄利を確保した。
💡 まとめ:今回の「上場来初の赤字」は、①四輪の実力低下ではなく②EV戦略見直しに伴う一回限りの帳簿処理が主因、というのが実態に近い読み方です。もちろん「見通しを誤ってEV開発費を無駄にした」という経営責任は別問題として残ります。
05セグメント — 二輪が稼ぎ、四輪がEVで沈んだ1年
4事業のうち、二輪と金融サービスがプラス、四輪がEV関連損失で大幅マイナス。
セグメント別 営業利益(26/3期)
単位:億円。四輪はEV関連損失1兆4,536億円を含む
パワープロダクツ・その他/セグメント間消去は、二輪・四輪・金融と並ぶ決算説明会資料の開示項目(△106億円)をそのまま採用。
販売台数の増減率(26/3期・グループベース)
二輪は過去最高、四輪は中国を中心に減少
読みどころ
- 二輪:営業利益7,319億円(過去最高)。インド・ブラジル中心にアジア・南米の需要拡大が牽引
- 四輪:EV関連損失除くと425億円の黒字。中国を中心とするアジア販売の減少(−8.9%)が重荷
- 金融サービスは2,755億円の安定収益。二輪・金融の2本柱が四輪の変動を吸収する構造
💡 やさしく:「バイクを売る会社」「バイクのローン会社」がしっかり稼ぎ、「車を売る会社」だけが今期つまずいた、というイメージです。
06財務3表ビジュアル
21.8兆円企業のPL・BS・CFを図で読む。
PL滝グラフ — 売上21.8兆円はどこへ消えるか(26/3期)
単位:億円。IFRSのため「経常利益」はなく税引前利益で表示
💡 やさしく:21.8兆円売って、原価・販管費・EV関連損失などを差し引くと、本業はまさかの赤字(△4,143億円)に。そこから金利収支等を調整した税引前損失は△4,033億円、税金の還付等を経て最終的な赤字は△4,239億円になりました。トヨタ(利益率7.4%)と比べると、今期のホンダは正反対の決算です。
BS比例図 — 総資産33.5兆円の中身(26/3末)
箱の高さ=金額。自己資本比率(親会社ベース)35.3%
前期の40.1%から低下したが、現金5.12兆円・純有利子負債(総額13.8兆円のうち相当額は金融事業のローン原資)を考慮すれば財務は健全な水準を維持。
CFウォーターフォール — 現金の増減(26/3期)
単位:億円。純利益は赤字でも営業CFは黒字
営業CF+1兆1,353億円、投資CF△8,522億円で、簡易FCF(筆者算定)は+2,831億円。純損失決算でも現金は5,897億円増加した。
07収益性 — ROEはなぜマイナスになったか
ROE△3.5%の中身をデュポン分解で見る。マイナスの主因は純利益率であり、資産効率や財務レバレッジの構造は健全。
=
△1.9%
売上高純利益率
EV関連損失1.58兆円がなければ数%のプラス圏
× 0.65回
総資産回転率
トヨタ(0.51回)より資産効率は高い
概算値(総資産回転率=売上収益÷総資産、財務レバレッジ=総資産÷親会社帰属持分)。前期ROEは6.7%であり、低下の全要因はEV関連損失による純利益率の悪化。
ROEの推移(%)
26/3期に単年でマイナスへ転落。27/3期は黒字回帰計画により改善見込み
ROIC vs WACC — 資本コストを上回っているか(筆者試算)
単位:%。EV関連損失除く調整後ベースの概算値
単純RoIC(EV関連損失除く調整後営業利益1兆393億円×(1−実効税率30%)≒7,275億円 ÷ 投下資本(親会社帰属持分11.8兆円+有利子負債13.8兆円)≒2.8%)は推定WACC(5〜6%)を下回る。金融事業の調達を含むため構造的に低く出やすい点はトヨタと同様で、四輪単体の資本効率改善が中期的な課題。
💡 やさしく:今期の「赤字」だけを見てROICを計算すると意味のない数字になるので、EVの一時的な損を除いた「地力」で計算しています。それでも目標水準にはやや届いておらず、四輪事業の収益改善が今後の宿題です。
08会計基準ビュー — IFRS / JGAAP / US-GAAP
ホンダはIFRSを2015年3月期から任意適用(国内自動車メーカーで最も早い)。最大の論点は「EV関連損失がどこに計上されるか」。
どの「利益」で見るかで印象が変わる(26/3期)
単位:億円
- EV関連損失1兆4,536億円は減損損失・引当金として丸ごと営業利益の中に計上されており、IFRSの営業利益だけを見ると実力を大きく見誤る
- 持分法投資損益(EV関連JVの損失△1,241億円を含む)は営業利益の下に計上。IFRSに「経常利益」区分はない
- のれんはごく小さく、非償却・減損テストの論点は限定的
- JGAAPであれば、EV開発中止に伴う損失の相当部分は「特別損失」として経常利益より下に計上される可能性が高く、経常利益ベースではここまで大きな悪化に見えないケースもある
- 持分法損益はJGAAPでも営業外収益・費用に計上される点はIFRSと同様
- 段階利益の区分が異なるため、JGAAP企業(スズキ等)と営業利益同士を単純比較すると評価を誤りやすい
- ホンダは2015年3月期までUS-GAAPで開示していた(NYSE上場・Form 20-F提出の実績あり)ため、開示体系の差異は小さい
- US-GAAPでも開発中止に伴う減損・補償引当金は同様に費用計上されるとみられ、損益インパクトの大きさ自体はIFRSと大きく変わらない可能性が高い
- GM・フォードと比較する際は、年金会計や金融商品評価の細部を除けばほぼ同じ土俵で比較できる
💡 やさしく:同じ「EVをやめた」という決定でも、会計ルールによって「本業の失敗(営業利益に計上)」に見えるか「特別な一時的事情(特別損失に計上)」に見えるかが変わります。ホンダが使うIFRSでは前者寄りに見えるため、見出しのインパクトが大きくなりやすい点は知っておくとよいでしょう。
09同業比較 — 国内3社の明暗
同じ関税環境に直面する国内競合と比較(2026年7月時点)。3社とも逆風下だが、明暗ははっきり分かれた。
トヨタホンダ日産
PBRで見るとホンダ0.51倍・日産0.24倍と「市場からの厳しい評価」が続く一方、トヨタは0.95倍で相対的に信認が残る。ただしホンダは純利益赤字の年でも増配した点でトヨタ・日産とは一線を画す。日産は赤字継続・無配。
💡 やさしく:3社とも関税や電動化戦略の逆風にさらされていますが、「配当を守れているか」で見るとトヨタとホンダは踏ん張り、日産だけが無配という違いがあります。
10戦略・課題と改善ポイント
EVの不採算計画を1年で見切った決断力は評価されうるが、四輪事業の実力回復と中国事業の立て直しが最優先課題。
強み Strengths
- 二輪事業が過去最高益(7,319億円)・世界販売台数No.1で全社を下支え
- 金融サービス事業が2,755億円の安定収益を継続
- 現金5.12兆円で財務は健全、赤字下でも増配を実施
- EVの不採算計画を早期に見切る意思決定の速さ(傷を1年で処理)
弱み Weaknesses
- 四輪事業がEV関連損失で1兆4,111億円の赤字、上場来初の最終赤字
- 四輪の中国を中心としたアジア販売が前年比△8.9%と苦戦継続
- 自己資本比率が40.1%→35.3%へ低下
- 戦略の急転換(3/12の追加損失発表)は経営計画の変動性の高さも示す
機会 Opportunities
- 世界的なEV需要減速でHEV再評価の流れがホンダの得意領域と合致
- 二輪はインド・ブラジル等新興国需要が引き続き拡大基調
- LGエナジーソリューションとの米国電池合弁を軸にした北米生産体制の再構築
- 日産との資本統合は解消したがEV・SDV分野の技術協業は継続、提携の再構築余地
脅威 Threats
- 米国関税の継続・拡大リスク
- 中国自主ブランドの四輪・二輪双方での価格競争激化
- 追加のEV関連損失や戦略再転換のリスクが残る
- 為替変動(円高転換時の減益インパクト)
改善ポイント(優先度つき)
最優先四輪事業の黒字化(EV除くベースの維持・拡大)
EV関連損失除く調整後営業利益425億円は薄利。価格改定・コスト削減の効果を27/3期にどこまで積み増せるか。
最優先中国事業の立て直し
四輪のアジア(主に中国)販売が前年比大幅減。現地メーカーとの競争激化にどう対応するか。
中期EV戦略の再構築と実行力の証明
北米向けEV3車種の中止という「前言撤回」の後、次のEV・電動化戦略をどれだけ市場に信頼させられるかが焦点。
中期二輪事業の高収益をどう四輪へ再投資するか
過去最高益の二輪事業が生むキャッシュを、四輪の再建・パワープロダクツの成長にどう配分するかの経営判断。
11投資メリット・デメリット
「最終赤字は事実だが、大半は非現金の一過性損失。実力(EV除くベース)と現金創出力は保たれている」というのが本レポートの総括。
▲ 強気材料(メリット)
- PBR0.51倍は歴史的な低評価水準。悪材料(最終赤字)はすでに株価に相当織り込み済み
- 26/3期の赤字は主にEVの減損という非現金の一過性損失。現金は4.53兆円→5.12兆円に増加しており、実際のキャッシュ創出力は保たれている
- 純利益赤字の年でも増配(68円→70円)を実施。配当利回り4.56%は同業内でも高水準
- 二輪事業が過去最高益で本業の一角は極めて健全
- 27/3期は会社計画で黒字回帰(営業5,000億円)を見込み、EV損失という「一回限りの膿出し」が完了した年との見方もできる
▼ 弱気材料(デメリット)
- EV戦略の朝令暮改(3/12の急な計画中止発表)は経営の一貫性・実行力への疑問符
- 四輪事業の中国販売不振が構造的なものであれば、収益回復は容易ではない
- 自己資本比率が35.3%まで低下しており、追加損失や事業環境悪化への耐性はトヨタ等より低い
- 日産との資本統合解消により、EV開発コストを分担する規模の経済を逸失した可能性
- 27/3期計画(純利益2,600億円)が未達に終われば、配当方針の持続可能性にも疑問符がつく
3つのシナリオ(筆者試算)
強気シナリオ四輪事業がEV除くベースでも黒字幅拡大、二輪好調継続 → 会社計画超過(営業6,000億円超)、EPS100円超×PER15倍=1,600円台後半
中立シナリオ会社計画通り黒字回帰(純利益2,600億円、EPS67円) → PER20〜23倍=1,300〜1,500円
弱気シナリオ中国不振継続・追加損失発生で再度営業赤字転落 → 配当方針の見直し観測も浮上、株価1,200円割れ
💡 はじめての方への総括:見るべき数字は3つ。①EV関連損失を除いた実力利益(1兆393億円。ここが健全なら「一過性の傷」と判断できる)、②27/3期の営業黒字回帰計画(5,000億円)が実現するか、③配当(純利益赤字でも70円を維持できたか=会社の自信の表れ)。「最終赤字」という見出しだけで判断せず、現金が実際に増えているという点も忘れずに見ることが重要です。